宮本輝さんの「約束の冬」という小説を読んでいます。
仕事の合間や移動の電車の中で読んでいるため、
なかなか進みませんが、今日上巻が読めました。
その小説の中に、
いい顔という表現があります。
それは、
「心を鍛えれば、もっともっといい顔になる。そうざらにはお目にかかれないというくらい立派な顔になってみせなさい」
と続きます。
この部分だけで、上巻を読んだ価値があると思い今日のブログを書いてます。
よければ付き合ってください。
「いい顔」という表現は、短い言葉ですがすごくいろんな意味を含んでいると思います。
もちろんこの場合の「いい顔」とは、
八方美人的なものに使われているわけではなく、
かなり肯定的な意味合いのものです。
「かっこいい」では無く、「柔和な」では無い、
単に「いい顔」である事。
そして、心を鍛えることで、もっともっと「いい顔」になれる事。
自分の周りで、見渡すと確かに「いい顔」の人が、
すぐに3人浮かんできました。
私と3人ともほぼ同年代ですが、三者三様に「いい顔」をしています。
3人に共通しているのは、
相手の気持ちを推し量ることができ、
自分の仕事をきっちりとこなす。
そして、自分で考え、自分で行動を起こし、
仕事を達成しようとする意欲が感じ取れます。
数行では語りきれないですが、要約するとこういう感じです。
この人たちは、何も仕事だけではなく、
スポーツでも趣味でも遊びでも、
この部分を確かに持っているように感じられます。
そしてそれは、(第一印象で決めるのは危険ですが)
最初に会った時、極論すれば写真で見ただけで、
にじみ出ているような気がします。
日経ビジネスを読んでいると、
「いい顔」をした人が、多く載っているような気がします。
経済界には比較的多い顔じゃないかな?
という気がします。
反対に政治の世界には、あまり「いい顔」を見かけない気がします。
「狡猾、卑怯、貧相、小悪党な顔」とでも言うのでしょうか?
そんな言葉をイメージしてしてしまう顔が多いと感じます。
せめて小悪党でなくて大悪党の顔をしていてくれれば、
まだましなんですが、やっぱり小悪党顔なんですよね。
だから日本の経済は世界で通用するのに、
日本の政治は世界に通用しないんですかね。
悲しいことです。
まとめようとすると、どんどん話が広がってしまうので、
無理矢理終わらしますが、(文才がない・・・)
この小説を読んで、2006年下半期の目標にします。
(心を鍛えて)「いい顔」になる努力をするそれを目標にがんばっていきたいものです。
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